長い受験生活の末、見事医学部合格を果たした「瑶子さん」と、陰で支え続けた「お母様」。そして、二人三脚で伴走した医学部予備校「代官山MEDICAL」のスタッフに、合格までの歩みと家庭での接し方、予備校選びの決め手について詳しくお話を伺いました。
本記事のポイント
- 朝9時から夜21時半まで!「12時間拘束・校内完結型」の徹底した学習環境
- 講師/担任/学院長が一体となり、一人ひとりの医学部合格を支える手厚いサポート体制
- 勉強は予備校に一任し、家庭では多くを語らず、健康面・メンタルのみ支える親の姿勢
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- 瑶子さん
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- 瑶子さんのお母様
試行錯誤を重ねた医学部受験—環境を変える決断と「代官山MEDICAL」との出会い
―まず、医学部を目指したきっかけを教えてください。
瑶子さん:高校生の時に怪我をして、その治療をしてくれたお医者さんの姿勢に憧れ、「自分もこんな医師になりたい」と思ったのがきっかけです。
―受験生活が長期化する中で、一番苦しかった時期はいつでしたか?
瑶子さん:以前は一次試験に合格できていたのですが、その後のコロナ禍の年に急に成績がガクッと下がってしまい、一つも一次合格が出なくなってしまった時です。そこから上手く持ち直すことができず、精神的にも一番キツい時期でした。自分の頑張りが信じられなくなりそうな瞬間もありました。
お母様:コロナの頃は対面で会うことも難しく、電話やLINEでのやり取りが中心だったのですが、声が暗くて本当に心配でした。
―厳しい状況が続いても、諦めずに挑戦を続けられたのはなぜでしょうか?
瑶子さん:「医師になりたい」という夢以外、自分の将来として考えられなかったからです。そして、惜しいところまで行っている実感もあったので、途中で引き下がるわけにはいきませんでした。
―さまざまな予備校がある中で、「代官山MEDICAL」を選んだ決め手は何だったのでしょうか?
お母様:今までの予備校と同じやり方を続けていてはダメだと思い、ガラッと環境を変えられる場所を探しました。決め手になったのは、多浪生の合格実績が豊富にあること、探していた条件にぴったりだったこと、そして朝9時から夜21時半まで予備校に拘束されて勉強を校内で完結させる「12時間拘束」のシステムです。まさに「医学部受験の最後の砦」だと感じて、娘を連れて説明会に伺いました。
瑶子さん:最初は「12時間も拘束されるなんて、まるで牢屋に入るようなものじゃないか」と1週間ほど本気で悩みました(笑)。でも、両親にこれ以上負担をかけられないし、「ここまでやらなきゃダメだ」と覚悟を決めて入塾を選びました。
「12時間拘束」がもたらした自習室の連帯感と、教科を超えた講師のサポート
―実際に代官山MEDICALでの生活が始まって、いかがでしたか?
瑶子さん:入る前の不安はすぐに消えました。自習室に行くと、いつも同じ仲間がいて、「みんなで一緒に受かろう」という温かい雰囲気がありました。
「一人じゃない、みんなも頑張っているから自分もやろう」と思えたことが、12時間の勉強を毎日続けられた一番の理由です。
さらに、大手予備校のときとは違って質問対応がとにかく手厚いんです。
先生方が時間が許す限り親身に教えてくださり、自分の担当教科以外の先生であっても「このプリントやっておいた方がいいよ」と弱点補強の課題を渡してくれました。
お母様:帰宅すると毎日楽しそうに「誰々先生がこう言っていた」「今日の授業が面白かった」と話してくれるようになりました。
以前の予備校では友達の話ばかりでしたが、代官山MEDICALに通い始めてからは講師の先生方の名前がどんどん出てきて、一人ひとりの生徒にしっかりと目が届いているんだなと親としても安心しました。
受験生を追い詰めない――お母様が貫いた「多くは語らない」サポート術
―テストの結果で落ち込んだ時など、お母様はどのような声かけを意識されていましたか?
お母様:勉強のことには一切口を出さないようにしていました。成績が悪くても責めず、「ダメだったなら、じゃあ次々!」と、とにかく意識を前に向ける言葉をかけ続けていました。
瑶子さん:正直、落ち込んでいる渦中に「次々!」と言われると「ウザいな…」と思う瞬間もありました(笑)。でも、そう言ってもらわないと自分一人では次へ切り替えられなかったので、後から振り返ると本当に救われましたし、心強かったです。
お母様:勉強はすべて代官山MEDICALのプロの先生方に「丸投げ」でお任せして、家庭では健康面のサポートに徹しました。特に食が細い娘のために、片手で勉強しながら食べられるよう「プチトマトと枝豆を刺した串」を持たせたり、夜遅く帰ってきた時には温かい野菜スープを用意したりしていました。
―お父様もユニークな方法で応援されていたそうですね。
お母様:主人は言葉で「勉強しろ」とは絶対に言わない代わりに、自分の背中を見せようと、娘の受験期間中に仕事とは関係のない「宅建」などの難関資格試験に自ら挑戦して合格していたんです(笑)。
瑶子さん:当時は全然知らなくて後から聞いてびっくりしたのですが、「すごい親だな」と思いましたし、一緒に戦ってくれていたんだなと嬉しかったです。
悲願の合格発表――「33」に込められた祈りと、これからの医師像
―見事、医学部合格を果たした瞬間の気持ちを教えてください。
瑶子さん:「嬉しかった」というよりも、まずは「ホッとした…」という安心感が一番大きかったです。母にはすぐ「受かったよ、長く時間がかかってごめんね」と連絡しました。
お母様:連絡を受けた時、私は車を運転中だったのですが、嬉しさのあまり信号待ちで大号泣してしまいました(笑)。実は、娘の受験番号「33」にあやかって、靴箱も駐車場もすべて「33番」を選び、京都の三十三間堂や八坂神社へ何度も合格祈願に通っていたんです。合格を知った時は本当に胸がいっぱいになりました。
―これからどんな医師を目指していきたいですか?
瑶子さん:受験生活に長い年月がかかってしまった分、苦しんだ経験や人の痛みに寄り添える強みを活かして、しっかりと患者さんの役に立てる医師になりたいです。
お母様:受験を通して過酷な環境を耐え抜いた娘なら、これから先の厳しい医学部生活や医師になってからの試練も絶対に乗り越えられると信じています。自信を持って歩んでいってほしいです。
長年の浪人生活というプレッシャーの中で見事合格を勝ち取った生徒さんと、温かく見守り続けたお母様の信頼関係が非常に印象的でした。「12時間拘束」という一見ハードな環境でありながら、代官山MEDICALの校内には仲間同士が刺激し合い、講師陣が教科の垣根を越えて寄り添う、アットホームで手厚いサポート体制が整っています。また、生徒を支えるのは講師だけではありません。日々の学習状況や成績、生徒一人ひとりの様子を担任が継続的に把握し、学院長を中心に講師と担任が連携しながら、志望校選びや学習方針を含めた受験戦略を組み立てていきます。講師が「教科」を見るだけでなく、担任や学院長を含めた教務スタッフが「生徒」を見る。こうした学院全体での伴走体制も、代官山MEDICALならではの特徴といえるでしょう。
一方、ご家庭では「勉強は予備校に任せ、親は健康管理と心の受け皿に徹する」というスタンスが、受験生のメンタル維持に大きく貢献していました。予備校と家庭がそれぞれの役割を担いながら、一人の受験生を支えていたことが伝わってきます。「自分に合った学習方法や受験戦略を見つけたい」「子供への接し方に悩んでいる」という受験生・保護者の方は、ぜひ“最後の砦”である代官山MEDICALへの通塾を検討してみてはいかがでしょうか。